柳井の民芸品である「金魚ちょうちん」をモチーフにした夏の一大イベント。お盆等で帰省された方々をふるさとの民芸品でお迎えするものです。会場内には約4,000個の金魚ちょうちんが装飾され、そのうち約2,500個に灯りをともします。金魚ちょうちんから洩れるほのかな灯りが幻想的な雰囲気を醸し出します。最大の見どころは「金魚ねぶた」で、祭りの会場を堂々と、時には荒々しく練り歩きます。また、柳扇会による「金魚ちょうちん踊り」も必見です。
1915(大正4)年創業の篠原風鈴本舗は、初代-又平を祖とする江戸風鈴の製造所です。二代目である儀治氏は、先代から受け継いだガラス風鈴を、昔の東京「江戸」で、江戸時代から作られていたことから、昭和40年頃に「江戸風鈴」と名付けました。現在、江戸風鈴の製造は篠原風鈴本舗と、篠原まるよし風鈴の二か所のみとなっています。儀治氏の孫にあたる由香利さんは、手塚プロダクションとのコラボ商品や東京の街並みを切り絵風に表現した「TOKYO」シリーズなど、現代の感性も取り入れた風鈴を創るなど、幅広い世代にもモノづくり文化を伝えています。
平安の時代に起源を持つ相模鋳物。小田原の鋳物は1534(天文3)年に河内から来住した山田 次郎左衛門が鋳物業を開いたことが始まりであるといわれています。室町・安土桃山時代は、関東を治めた北条氏の庇護の元、江戸時代には宿場町として繁栄した小田原宿の需要に応える発展していきました。1686(貞享3)年に鍋町(現在の浜町)に移り住んだ柏木家は、近代になり大量生産の波に押され小田原の鋳物業が徐々に衰退していく中でも、銅合金鋳物など新たな技術とともに継承され、現在では唯一残る鋳物業として鳴物を中心に製造を続けています。高音で澄んだ音色が特徴的な砂張(さはり)で作られた鋳物作品はその象徴ともいえるものです。
1950(昭和25)年、創業者であり前社長である伏谷 幸七氏が名古屋の提灯工房で修業を始め、江戸時代より伝えられた伝統技法を習得し、1962(昭和37)年に「伏谷商店」を創業しました。提灯の材料となる和紙や竹ひご、木材が豊富に手に入るほか、火袋(ちょうちんの部分)を貼る工程に必要な人でも名古屋という土地は適していました。伝統的な提灯はもちろんのこと、現代の暮らしの中にも映えるデザインのランプシェードなど、常に進化を続けています。
1937(昭和12)年に創流した一葉式いけ花は、<植・間>(はなはざま)という理念のもと、植物をはじめあらゆるものの魅力を見つけ、間(ま)を意識し、独創的な花の世界をつくりあげることを目指しています。その第四代家元である粕谷 尚弘は、1980年に第三代家元-粕谷明弘の次男として生まれ、幼少より家元に師事。大学卒業後の2004年に渡米し、インダストリアルデザインを学びました。流派内外の花展などに作品を発表し、個展や他の分野の作家とのコラボレーション等に積極的に取り組んでいます。また、海外へのいけばなの普及にも力を入れており、ニューヨーク・メトロポリタン美術館でのデモンストレーションをはじめ、アメリカ、南アフリカ、ウクライナ等、数多くのデモンストレーションや指導をしています。現在、海外にもいくつも支部を展開し、国際的な流派として注目されています。
埼玉県越谷市にある1908(明治41)年創業の中野形染工場は、日本で唯一の藍染め技術「籠染め」でゆかた生地を生産してきました。伊勢型紙から丁寧に刷りとられた和柄模様を、真鍮板にエッチングし円筒状にした型をそのままの状態で使用し製作した内照式オブジェが「籠染灯籠」です。籠染灯籠は日本の着物や浴衣などの雅で粋な文化と伝統の和柄の美しさを未来につないでいきたいとの想いで生まれました。いずれも浴衣生地の生産過程で実際に籠染に使用されているもので、基本的に1点モノとなっています。
1992(平成4)年に女子美術大学絵画科を卒業、同研究科2年を修了した後、動物園や水族館の設計・施工を行う会社に勤めながら、動植物の知見を深めてきました。2006(平成18)年からペットボトルソフィストケイティドアートの制作を開始。生物学見地に基づいた実物大のリアルな作品は、沼津港深海水族館、池袋サンシャイン水族館、滋賀県立琵琶湖博物館、大分県日田市立博物館に常設展示されています。さらに作品展も、池袋サンシャイン水族館内コラボ作品展(2014)、沖縄県立博物館特別展(2015)、石川県能美市九谷焼資料館特別展(2015)、新潟県佐渡市立博物館(2016)、茨城県立自然博物館(2017-2018)といった水族館や博物館を中心に開催されています。主な受賞歴は「日本ホビー大賞」激励賞(2012)、「eco Japan cup」エコアート入選(2014)など。
歌舞伎や舞台演劇、オペラ、ミュージカルなど幅広い舞台衣裳の分野において登場人物たちを彩ってきた松竹衣裳の装い。時代背景はもちろん、演じられる役柄の職業や地位、年齢や性格、人格などを表すのに重要な役割を担っています。歌舞伎座舞台は、歌舞伎座に拠点を置く大道具を取り扱う企業です。江戸初期に誕生した歌舞伎、その黎明期から大道具に携わり、歌舞伎の発展とともに歩んできた長谷川大道具株式会社は、現在歌舞伎座舞台株式会社と名称を変更し、360年もの時を紡いでいます。
岡山県倉敷市出身。東京造形大学 造形学部 デザイン学科 グラフィックデザイン専攻領域卒業。幼少期に故郷岡山県の「水島港まつり」で七夕飾りに出会う。以降その美しさに魅せられ大学在学中の2012年から製作を開始。2021年には横浜高島屋にて七夕飾りを用いた館内装飾を担当。見た人の心にいつまでも鮮やかに残る印象的な飾りを作りたいという思いから、伝統的意匠に再解釈を加え、独自の造形と融合させた作品作りを続けています。「水島港まつり」「湘南ひらつか七夕まつり」にて最優秀賞、準特選など受賞歴多数。
商業美術造形の傍ら異形の作品制作に取り組んでいます。
1948(昭和23)年 山梨県甲府市生まれ(横浜市在住)
1970(昭和45)年 博物館、遊園地、CM.映画の商業美術造形に携わる
1982(昭和57)年 クレボーグ第1回創作人形コンクール(次席)
1984(昭和59)年 第1回日本オブジェ展(入選)
1986(昭和61)年 東京ファッションウイーク人形アーティスト56人展
1987(昭和62)年 ギャラリーせらーる個展(東京、新宿)
1989(平成1)年 渋谷西武工芸ギャラリー個展(東京)
1990(平成2)年 美術造形工房・有限会社オッドアイ設立
1997(平成9)年 第1回禁断の博物誌展(彩鳳堂画廊、東京)
2004(平成16)年 球体関節人形展 Dolls of Innocence(東京現代美術館)
2007(平成19)年 アートフェスタ東京(有楽町フォーラム)
2008(平成20)年 猫展(ギャラリー小暮、東京)
2009(平成21)年 異形の妖精たち 個展(奥会津、妖精美術館)
2016(平成28)年 ima展 modern art exhibition招待出展(東京都美術館)
文化服装学院ディスプレーデザイン科卒業。2001(平成13)年より紙を漉く技術を応用したあかり作家として活動。漉工房(すきこうぼう)創業者である大川 修作氏から意匠と技術を引継ぎ現在に至る。主に百貨店やギャラリーなどに出展。空間のインスタレーションや店舗・住宅の照明なども手掛けています。作品のモチーフは「森」「星」「月」など自然をテーマにした具象や抽象的なデザインを施す。和紙・洋紙問わずさまざまな紙の原料を活用し、それぞれの素地が持つ質感を最も大切にしています。
神奈川県茅ケ崎市生まれ。高校時代に歴史研究部で縄文土器制作を始め、武蔵野美術大学 短期大学部 工芸デザイン 木工専攻、陶芸サークル窯工研究会にて作陶を始める。笠間在住の堤 綾子氏のもとで修業。その後、黒田 隆、矢崎 春美、外山 亜基雄、各氏に学び、1996(平成8)年笠間にて独立。2003(平成15)年つばめ窯開窯。この頃より茨城の民話を収集、作品化し、伝承活動がライフワークとなる。器、人形制作共にストーリー性のある作品を目指し作陶。各地で個展、合同展などを中心に活動しています。
徳島でフラワーショップとフラワースクールを展開。数種類の布を特殊な技法を使って染め上げ、一輪の花を生花のようなリアルは花から、ファンタスティックな花までデザインすることが出来る藍染花。本展では、藍ならではの深い色合いで妖しくも美しい世界を表現いただきます。
フラワーショップ慶 代表取締役、(公社)日本フラワーデザイナー協会名誉本部講師、米川慶子フラワーデザインスクール主宰
1943(昭和18)年に創立した歴史を持つ株式会社第一印刷所は、新潟県に本社を有する印刷をはじめとする事業を展開する企業です。本展では、夏の風物詩でもある新潟県の長岡花火をモチーフとした商品「かみはなび」と新作「にしきごい」を展示いただきます。微細な切り絵加工でデザインされたパーツを組み合わせた美しい作品が、文化財を彩ります。
古来より受け継がれた「宙吹き」の技法による、手作りならではの柔らかな形と色合いの美しさを持つ「津軽びいどろ」。多彩な色を巧みに使い、ガラスに奥行きを持たせ、表情豊かに仕上げた逸品には、日本の四季の情景を感じることができます。「津軽びいどろ」を生産する北洋硝子の始まりは 1949(昭和 24)年、漁業用の浮玉(うきだま)製造からでした。その後、浮玉がプラスチック製に切り替わったことから、長年の浮玉製造が衰退する中、「宙吹き」の技法を用いて大ぶりな食器や花器などで構成された「津軽びいどろ」が誕生しました。くらしに彩りを届ける想いが、津軽びいどろをはじめとする美しくやさしい製品としてカタチとなっています。
1899(明治32)年、東京で創業した廣田硝子は、創業当時より伝えられる貴重なデザイン資料を元に、江戸切子や吹き硝子など脈々と受け継がれる手仕事による伝統的な製造を継承し、現代のインテリアに調和するプロダクトを作り続けている硝子メーカーです。
1950(昭和25)年創業の上越クリスタル硝子は、温度計や計量器等の理化学ガラスを製造する工場として誕生しました。戦後の日本を明るく照らした照明用ガラス、高度成長期の家庭を彩った花器、そして現代のテーブルウェアと、その時代時代に求められたガラス製品を作り続けてきました。そのような中「ガラスを愛するすべての人のために」という想いから、職人の技とデザイナーの感性が融合する場として月夜野工房は生まれました。
1971(昭和46)年創業のミツワ硝子工芸は、多彩なカット技術、多様な硝子素材を手掛ける工房です。それゆえ、加工に必要なダイヤモンドホイールなどの道具も、幅広い種類を揃えています。工房に寄せられる依頼に応えられる道具がなければ、その道具を自ら開発もしてきました。工房の職人は20代・30代の若い世代で構成されているのも珍しく、工房オリジナルの江戸切子は「ガラス工房 彩鳳(さいほう)」の名の下、毎年新作を世に送り出しています。
琉球ガラスは、米軍基地から廃材として出される瓶を再利用してランプのホヤや薬瓶など必需品と日用品を製作しました。エコではなくモノを作る材料がなかった時代の工夫といえます。沖縄の中でも最も歴史の浅い工芸品である琉球ガラスは、苦難の道と希望の光が表現されています。しまんちゅ工房は、2005(平成17)年の創業以来、全て沖縄で作り出された作品のみを取り扱っています。神秘的な伝説の光を思わせる「海蛍」シリーズをはじめ、沖縄の海を感じる「ちゅら海」シリーズや、「さざ波」シリーズなど自宅で沖縄気分が味わえる逸品が揃います。
木と植物で小さな灯りを創作する照明作家。「暗がりを愉しむ」をテーマに植物園や博物館、茶室等の空間創作を行う他、舞台照明家、アーティスト、建築家との空間コラボレーション作品も多数。2015(平成27)年にオリジナルプロダクツ “2Wシリーズ” を発表、国内外の展示会で高評価を得る。近年では畑で育てた植物で灯りを作る、環境にやさしい灯りづくりに力を注いでいます。
東京都在住。ディップアートの技法を応用した作品を製作。ワイヤーで輪郭を作り、それを液体合成樹脂にくぐらせシャボン玉のように膜を張らせることで形を作る技法でかんざしを製作。その優美な作品に多くのファンを持つ人気作家です。
2012(平成 24)年、お盆の頃に出会った岡山・倉敷美観地区の軒先に吊るされていた手作りの倉敷切子灯篭。これをモチーフに切子の造形美を残しつつ、灯篭とは異なる和のあかりとして発展させた「切子あかり」。2013(平成25)年に開催された「倉敷春宵あかり」に出展し、それ以降毎年春に倉敷の夜を彩っています。令和の改元を機に、切子あかりが進化し、構造を改め希望と癒しの光を意味する「希莉光あかり(きりこあかり)」が誕生しました。コロナ禍には新たな光房が完成し、自然に包まれた環境の中、ひらめきにより新作を発表し続けています。
有田焼の名窯の一つ「真右ェ門窯」。1972(昭和42)年、初代真右ェ門(真一郎)が、当時としては数少なかった大物造りに思いを馳せ起こす。初期においては染付の大物(二尺~三尺高)を造っていましたが、次第に異変物へと変わっていきます。特に辰砂との出会いが後の真右ェ門窯に大きな影響をもたらすことになりました。近年は「造りの冴え、釉の妙」を信念とし、ルビー色の辰砂や結晶釉などの窯変物を中心に、釉薬を巧みに操る技法を得意とする窯元となっています。
200種類以上ある複雑な組子文様を使い分けるベテランの建具師。16歳でこの道に入って以来、和の伝統を重んじる建主たちの厳しい要望に応えてきました。機械では到達できない1,000分の1mmの精度で、木材を削る熟練した技を持つ職人の一人。最近では、花梨やウォールナットなどの外国産の木材を使用した、洋間の組子細工の研究にもいそしみ、組子の可能性を広げています。
1954(昭和29)年 16歳より浅草・角井木工所に入職し、建具見習を始める。
1964(昭和39)年 江戸川区の現在地に山川建具を開業。
1994(平成6)年 東京都優秀技能者表彰を賜る。
2013(平成25)年 瑞宝双光章 叙勲受章
現在、東京建具協同組合副理事長、他に江戸川区指定無形文化財保持者に認定。
日本の伝統を傘に伝える。「和傘」という日本が世界に誇る代表的な民族文化。大分県中津でも最盛期であった昭和の初めには、約70軒もの和傘屋がありました。洋傘の普及とともに衰退し、江戸時代から続いていた九州で唯一の和傘屋も 2003(平成15)年に高齢化などの理由もあり製造を止めてしまいました。城下町中津のシンボルとしての和傘工芸の伝統を復活しようと有志8人で「朱夏の会」を結成。典型的な下級武士の家として残っている福沢旧邸の隣に、明治中期建築の家屋を改装して作業場として和傘製造を始めました。現在では和傘をアレンジしたランプシェードや和傘あんどん等、オリジナル作品も多数製作し、常に新しいものに挑戦し続けています。
大島 望が手掛ける空間装飾・デコレーションプロジェクト。独自に設計した植物・花をモチーフとしたランプによるライティングデコレーションが代表的。曲線を活かした有機的かつ幾何学的なフォルムのオブジェを組み合わせたオリジナリティに溢れる演出で、音楽フェスティバルやライブイベントを中心に、企業イベントやアートイベント、ウエディングパーティーなど屋内外のさまざまなジャンルを手掛けています。
木工の街である栃木県鹿沼市で、さまざまな木製品を製造している栃木ダボ製作所。森林に囲まれた15,000㎡の敷地と80台を超える木工機械を駆使して幅広い要望に応えています。鹿沼市の高い木工技術、豊富な木材資源、地域の魅力を伝えていくことを目的に、鹿沼市の木工業者と東京のデザイナーによって立ち上がった「鹿沼のすごい木工プロジェクト」。元々は地元の方々に鹿沼木工の素晴らしさを知ってもらいたいという想いから始まりました。栃木ダボ製作所が作る「日本の神々シリーズ」では、間伐材を再活用した116種にも及ぶ神々のお面です。
「越谷張子だるま」は約300年前ごろに作り始められ、江戸庶民に親しまれてきました。江戸時代中期、間久里の「だる吉」という人形師が、従来あった「起きあがり小法師」という玩具に、中国禅僧の祖「達磨大師」が座禅を組んだ姿を描いたのが始まりと言われ、日本最古のだるまの一つとも言われています。「だるま」は、厄除けのまじないのほか、五穀豊穣、商売繁盛、開運などの縁起物として、庶民の人気を集めてきました。越谷だるまは川崎大師や柴又帝釈天など、関東を中心に全国各地へ届けられている埼玉県の伝統的手工芸品です。この越谷だるまの端整なフォルムを活かし張子のイメージで和紙や英字新聞などを張り込んだ作品が「だるまアート」です。伝統×アートをコンセプトに伝統のフォルムに夢や願いをのせ次世代につなげる新しいデザインの提案が始まりました。地域振興をプロデュースするハナブサデザイン代表の花房 茂氏の作品です。
手を触れずに演奏する不思議な電子楽器、テルミンを操る音楽家であるヨダタケシ氏は、女神の歌声とも評される独特な音色を操り、ファンタジックな世界を創り出しています。楽器演奏のほか、サウンドクリエイターとして国内外で映像作品等の音楽を手掛けています。本展では2019年、2021年、2022年に続き部屋毎の展示テーマに沿ったオリジナル楽曲を担当しました。ゲストヴォーカリストに片山千穂氏を迎え、音楽で『極彩色の百鬼夜行』を表現します。
[片山 千穂]舞台俳優、ダンサー、歌手。音楽座ミュージカル/Rカンパニー退団後フリー。